離婚の理由と原因 | 夫のモラハラ。 |
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子どもの有無 | なし |
後悔 | 結婚自体を後悔。慰謝料の請求ができないなった。 |
私が結婚したのは30代前半です。
同年代の夫との3年間の結婚生活に終止符を打ち、離婚したのは30代半ばでした。
夫はサラリーマン、私も事務の仕事で共働きでした。夫婦の財布は別々だったため、夫の年収は把握していません。また子どもいませんでした。
『早すぎた結婚と夫の支配』
夫と出会ったのはスポーツジムでした。知り合って半年、そして交際からわずか1週間、夫からの度重なる求婚により結婚が決まり、1ヶ月後には入籍しました。
お互いの事をあまり知らないまま結婚してしまったので、結婚当初から不安はありました。
夫はとにかく話し合いのできない人で、結婚自体もそうでしたが、すべて自分の決めたことに妻が従っていれば良いという考え方で、私は次第に息苦しさを感じるようになりました。
『私の思いやりへの仕打ち』
平日は仕事の後に家事をこなし、町内会の役員も務め、休日はすべて共通の趣味であるスポーツに明け暮れる生活が続き、次第に私は疲れていきました。
休日は長距離運転する夫の助けになればと、結婚後に車の免許を取ったのですが、運転するたびに夫に罵倒されるようになりました。
更に、夫はまったく子供を作る気が無いことが分かり、このまま夫と二人で死ぬまで一緒に生活するかと思うと空恐ろしくなりました。
そして幾度かの口論の後、家庭内別居がしばらく続いたある日、私の部屋の前に離婚届と離婚協議書が置かれていたのです。
『夫の作った離婚協議書』
協議書に書かれていたのは、「妻の財産は妻の婚前からの持ち物だけ、それ以外のものはすべて夫の財産」というものでした。
明らかにその内容がおかしいと感じた私はネットで財産分与について調べました。その結果、「共働きの場合は夫婦の共有財産を半々に分ける」ものだと分かったので、夫にその内容を提示したところ、夫は突如激昂し、「お前が貰えるものなんて何も無い」などと言い始めました。
『罵詈雑言』
話にならないので、私は弁護士に相談すると伝えました。すると夫は、「これまで住まわせて貰って感謝の言葉もないのか」「人間の屑だな」などの暴言を吐きました。恐怖を感じた私はそれ以上夫と話をすることに耐えられず、弁護士に依頼することを決意しました。
それから別居するまでの一ヶ月、夫とは顔も合わさないように息を潜めて生活しました。キッチンを使うと「誰がガス代を払うと思ってるんだ」などと言ってくるので、キッチンにも行けず、自分の部屋でカップラーメンをすする生活が続き、夜もよく眠れず、食欲も落ちて体重は5・6キロ減りました。
『そして調停へ』
知り合いに弁護士を紹介してもらい、協議書の内容を見て貰ったところ、「こいつはふざけているから徹底的にやりましょう」という事で、当初は財産分与と慰謝料を請求する予定でした。
しかし、私としては最低限のお金だけ貰って一刻も早く別れたかった為、1回の調停で財産分与だけして貰い、慰謝料は無しで決着を付けました。離婚届が部屋の前に置かれてから1ヶ月で別居、それから2ヶ月で調停離婚が成立したので、スムーズに行ったと思います。
『ひとりになって思う事』
今は一人で自由に暮らしていますが、やはり経済的には不安を抱えています。正直、慰謝料も貰っておけば良かったと思います。離婚の前後はうつ病になり、働くこともままならない状況でした。
離婚する時は1秒も一緒に居たくない、早く籍を抜きたいと思うのですが、やはり後から重要になってくるのはお金です。貰えるものはできる限り貰っておいた方が良いと思います。
そして離婚は本当にエネルギーを消耗します。私の場合は調停離婚だったので余計に苦労したとは思いますが、一度入れた籍を抜くという事は、それなりの覚悟が必要になります。
ですので、知り合いの子持ちの主婦に離婚の相談をされた時には、「軽い気持ち離婚を考えているなら、激しく疲労するので止めた方が良い」と言っています。
ただ、自分が離婚した事自体はまったく後悔していません。金銭的には厳しい生活ですが、何よりも自由が手に入りました。
今はストレスの無い生活を送っています。一度しかない人生の中で、何が自分にとって重要なのか、どんな暮らしをしたいのか、よくよく考えて結論を出すと良いと思います。
私の離婚体験談が役に立てば幸いです。